OTON GLASS 読めない人の助けは自然と溶け込むところから。

スポンサーリンク

f:id:mikanbkr:20170805161351j:plain

ここ最近の身体の悩みといったら、もっぱら歯です。過去記事でも書きましたが、現在インプラント治療中。

日々食べにくいなぁと思いながら過ごしているのですが、最近ある記事を読んで考えたことを、書いておきたいなと思います。

スポンサーリンク

受け入れられる障害と受け入れられにくい障害。

抜歯をした後は、骨と歯茎の回復を待っているところで経過観察中です。つまり、左の奥歯がありません。幸い、右奥歯は残っているので、何を食べるにしても、右奥歯が頼りです。食べ物をたとえ一口大に切ったとしても、口の中でもっと細かくかみ砕いて、食塊(しょっかい)と呼ばれるまとまりを作って、少しずつ飲み込んでいく必要があります。

試しに左で噛んでみるのですが、もう食べ物がふわふわと居場所がなくなりどうしようもありません。

私は、正直、自分の歯についてかなり悩んでいます。誰も悪くないけれど、でも自分を、誰かを責めたくなるくらい、後悔しかありません。

私の口の中はボロボロで、前歯についても心もとない状態です。いつ、ポキッと折れて、間抜けな顔にならないともいえません。お金を貯めて、いずれはインプラントを選択すると思いますが、すでに2本、つづいて、もう1本と思うと、大変すぎです。

もはや、障害です。

しかし、ふと思ったのです。

世の中には、自然と受け入れてもらえる障害と、努力不足と思われ、当たり前のHELPを妬まれやすい障害があること。

私個人としては、非常に受け入れがたい歯の状況ですが、意外と世の中の人は虫歯や近視については「よくあるよね」と受け入れてくれます。入れ歯もメガネも、使っていても何も言われません。入れ歯はともかく、眼鏡に至っては、オシャレアイテムとしての認知もされているくらい。

虫歯も近視(遠視、乱視も)これまで多くの人が経験したり、身近な人が経験したりしている悩みは、誰かが悩んでいることに対して、共感しやすいからだろうか。

でも、世の中には、見えない障害を抱えている人は結構います。

OTON GLASSはメガネ型の音読サポートデバイス

先日見かけた記事です。

開発者の島影圭佑さんが、「失語症」と呼ばれる病気になったお父さんのために、眼鏡型の音読サポートデバイスを開発。

その名も OTON GLASS

おとん の めがね、 たまらんネーミングです。

soar-world.com

失語症は、脳の病気やケガで脳の言語に関わる部分が障害されて、「話す・聞く・読む・書く・(計算)」といった言語に関わることが、多かれ少なかれ障害されます。重度の方は、本当にコミュニケーションが取れず、本人も家族も本当に苦労をされます。たとえ症状が軽度であっても、仕事復帰まで考えると、その道のりは大変です。

重症度も症状も人それぞれで、話す・聞く・読む・書く全ての分野が同じように障害されるとは限りません。

島影さんのお父さんの場合は、読む機能だけに障害が残った「失読症」でした。そして、この文字は読めないけれど「聞けばわかる」という状態は、ディスレクシアという文字の認識が難しい障害をもっている人たちにも当てはまります。彼らは、文字が歪んで見えたり、ふわふわと揺れて見えたりと、文字を安定して捉えることが難しいと言います。しかし、見る以外の感覚、つまり聴覚を使えば、内容が理解できます。

メガネであることで受け入れられやすくなる

現代では、音読はPCでも、スマホでも、タブレットでもできます。だって、PCに読み上げ機能ってついていますし。

でも、そういった、周囲からみたら「わかりにくい」障害のある人たちが、大勢の中のハードルを下げて過ごすための一歩としてOTON GALSS はメガネ型なのです。

メガネって「読む能力を拡張するもの」としてみんなに認知されていますよね。その文脈に乗せることで社会に受け入れてもらいやすくなると考えているんです。

残念だけれど、今の世の中は、人と違うものに対して、自分が受け入れてこなかった新しいものに対して敏感で、許容範囲が狭いです。

学校での配慮が非常に難しいのはそこだと思う。

ディスレクシアもそうですが、自閉症スペクトラムや、ADHD、吃音、緘黙と、誤解されやすい障害をもつ子は、いまやクラスに2~3人はいます。

少しずつ配慮が広がっているとは聞きますが、それでも、

「なんで、あの子だけ」

「贔屓している」

「ずるい」

という声があると聞きます。

メガネや入れ歯や差し歯はいいのに、なんで、その子に必要な手助けはダメなんだろう。。。。

でも、このデバイスは、正面から「受け入れてくださいよ!」って戦うのではなくて、すでに受け入れられているメガネという道具に、必要な機能を乗せた。

障害というのは、どうしても本人が立ち向かう部分や、受け入れる部分ももちろんあるのだけれど、環境がどれくらい受け入れてくれるかどうかで、色んなところに立っているハードルが大きく下がるんだよなぁ。

さいごに

障害といっても、世間に受け入れられやすい障害と、壁をつくられてしまう障害が残念ながらあります。多くの人が知らないということもあるけれど、知ったからといって変わらないこともあるから、もどかしい。

でも、OTON GLASSのように、直接訴えるのではなくて、ちょっと別の方向からスライドして攻めることができるんだなぁということを、感じた記事でした。

逆にいうと、自分たちも障害と思っていなくても生活の不便さを抱えているということに、もう少し想像をはせても良いのではないか、とも思います。歯だってそうだし、膝の傷み、腰の傷み、胃の傷み、みんな何かしら辛くなっていく。脳だって内臓のひとつ(と、私は考えている)だから、少しだけ、不便さに対してイメージができて、じゃぁ便利なものがあるよって、便利そうでいいねって、認められるといいなぁと。

インタビューを録音する大人がいるように、スマホでメモをとる大人がいるように、子ども達にも便利なデバイスが自由に使える時代が来るといいですねぇ。もちろん、ITリテラシーの教育は家庭でも、学校でも必要だと思いますけれど。

おしまい。